アメリカ人の自己主張から学ぶ、今すぐいい人をやめた方がいい理由

「 日本人は他人に合わせる傾向にある 」

これは海外で暮らすようになって、より実感することです。

ワタシ自身、何かにおいて

「 どうしますか?」

と聞かれると、まず先に

「 他の人はどうするのかな… 」「 どうしたら喜ばれるかな… 」

などと考えてしまいがちです。そんな風に考える日本人の方、いらっしゃいませんか?

海外に出ると、ハッキリしてる方が多いのに驚きます。

「 私はこうしたい!」「 私はこう思う!」

と、自分の意見を述べます。もちろんそれは押し付けではなく、あくまでもその人の意見。

果たしてこの ” 意見をハッキリ述べる人 ” のことを

 ” 周りの様子も伺わずに自分の意見をハッキリ述べるからあまりいい人ではない ” と思うでしょうか?

意見を合わせる = 協調性がある = いい人

この謎な定義、日本ではわりかし共感を得られる図式ではないでしょうか?

なんしー
【個性持て!】とか【空気読め!】とか一体どうしたらいいの~?!

以前、アメリカの教育方針について書いたブログ、

アメリカの教育方針によって気付かされたテストの点よりも大事な事でも述べたように

「それぞれ個人が持つ異なった考え方を、互いに共有する」という ” 主体的な学び ” が大きく結びついてくるように思います。

「 嫌だ 」と言えない国民性

相手に頼まれると「 嫌だ 」とはなかなか言いにくいのではないでしょうか。

例え嫌だったとしてもハッキリは断れず、愛想笑いと共にその気持ちを察して欲しいな~と、相手に委ねたりしたことはありませんか?

日本人同士なら、「 嫌だ 」と言ってないにも関わらず、その愛想笑いと微妙なニュアンスで、

「 嫌だ 」ということを汲み取ってくれる場合もありますね。

「 嫌だ 」と言えない国民性同士のすごい連携だと思います。

もしハッキリ「 嫌だ 」と言うとどうなる?

  • 断ると相手の気分を損ねてしまうのではないか…
  • 断ると相手に嫌われるのではないか…
  • 自分の評価が下がってしまうのではないか…

果たして本当にそうでしょうか?

両者とも納得して初めて互いにハッピーな状態なのです。

どちらかが我慢してどちらかがハッピーになっても、それは真のハッピーではない。

要するに

相手を思いやることは、自分を犠牲にすることではない

ということなのです。

その場しのぎの ” いい人 ” が、後から後悔や自己嫌悪を生んでいませんか?

自分を犠牲にしてまで ” いい人 ” でありたいか?

相手に嫌われないために ” いい人 ” であるということは自分に嘘をつくことになります。

嘘をついた自分を好きになってもらっても、それは本来の自分ではありません。

ありのままの自分を見せたら、嫌われてしまうのではないか…

それを決めるのは相手の問題で、自分の問題ではないのです。

それでも「 嫌だ 」とはなかなか言えない

もし「 嫌だ 」と言えない環境に直面したらどうでしょうか。

やはり躊躇して言えない…そんなこともあると思います。しかし、それさえもありのままの自分なのです。

そんな自分を認めることができれば、自己肯定感が上がります。

自分自身を認め、受け入れ、自分を大切に思えること

自己肯定感を上げることができると

相手を尊重しながらも、自分軸で物事を考え判断できるようになります。

いつも相手軸で生きていると、相手の感情にコントロールされ、最後には疲れてしまいます。

自分軸で生きることは、ありのまま自分の心に従って生きるということです。

それにより、相手の意見も寛容に受け入れやすくなるのです。

まとめ

  • 相手を思いやることは、自分を犠牲にすることではない
  • 相手がどう思うかは相手の問題で自分の問題ではない
  • ありのままの自分を受け入れる

この3点を意識して日々過ごすようになりました。

マインドはすぐに変わるわけではありませんが、有意識は繰り返し行うことでやがて無意識になります。

一度しかない人生、それは他人のためでなく自分のためにあるのだから。

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